いろいろ誤解を恐れずに言えば、日本が世界的な遺産とされてる和食。
和食といえば懐石料理のようなものを想像してしまいがちだが、和食は日本の料理であると定義しちゃえば、間違いなく和食のトップにあたるものは
ラーメンとカレーライスと牛丼でしょう。
日本の国民食と言っても差し支えない。
ラーメンの源流にあるものは中華料理であろうし、日本のカレーライスの源流はイギリス回りのインドにあるんだろうけど、今日本にあるラーメンもカレーも日本独自に解釈され作られた日本独自のもので、もはや日本料理の代表選手と言っても差し支えないだろうと思うですよ。(個人的には立ち食いそばと焼き餃子も更に含めたいとこなんだけど、話長くなるので割愛)
牛丼のルーツはどうも横浜の居酒屋らしいんだけど、牛丼ってものそのものは1889年に吉野家を作った松田栄吉が名付けたものらしく、これはさすがにほぼ完ぺきな日本料理なんだろうな。
あ、あくまで個人的意見ですよ?
閑話休題。
あっしはその国民食とも言うべき料理たちを愛してやまない人でありんす。
特にラーメンとカレーには並々ならぬ愛情を持っておりまして、ラーメンやカレーのために旅をするくらい大好きであります。
で。
その中でもラーメン。
某サイトでラーメンのコーナーを担当してたことがあるほどまでにラーメンは好きで、結婚して健康を心配した嫁に制限されてなきゃ、おそらく3食平気でラーメン喰うような生活してたかもしれない私なんでありますが、今は上記理由で自分の好みでラーメン喰うのは月に1、2回あるかどうか(と、いうのは、私の好みでラーメンを選ぶと嫁がとても喰えない系統が多いので、そういう妥協せずに「食える」じゃなく「喰いたい」ものを選んだ場合、という意味で)。
そうなると、どうしても旨いと分かってるお店に行ってしまいがち、少ないチャンスを冒険に使わなくなってくるんですなぁ。
新しい味を探す冒険を怠るようになってくる、まぁ、またこの店は機会あったら行こう、みたいな。
とはいえ。
ラーメンほど栄枯盛衰の激しい業種ってのもどうもあまりないようです。
シンクロフードという調査機関の調査によると、ラーメン店っていうのは開業しても、実に1年間に4割もの店が閉店してしまい、更に全体の7割は3年もたないそうで。
なんと11年以上営業を継続できるのは、全体の1割にも満たないという調査結果が出ています。
ラーメンの調査?みたいなことやってもいましたので、閉店する店もたくさん見てきました。
もちろん商売としてやっていけないという経済的理由で店をたたむわけでしょうが、その起因する原因というのは、まず真っ先に思い浮かぶのは「味」でしょうね。マズけりゃ二度と来ないなんてのはありえるわけで。
これはもう、どうしようもない、努力して味を改善して生き残るまで資金がもたなかった、もしくは努力を怠った結果でしょう。
特に郊外での話になりますが、第二の原因はおそらく「接客態度」。
あるんですよ、そういう店、うちの近くにもありました。
味はともかく、行って腹立てて店出るようじゃ、特に郊外になりゃ噂にもなります。
今じゃSNSなんてものもありまして、ちょっとしたことが、文字通り光ファイバを伝って光の速さで伝わりますからね。
こうなったらもう、長くない。
しかも、こういう店、知ってる限り少なくないのですよ。
さて。
味もいい、接客態度も悪くない。
それでも生き残れないのがラーメン業界ってやつみたいで。
正直、上記2つの理由に当てはまるような店はつぶれて当然なんですが、それで生き残ったとしても、ラーメン店ってのは結構な数が毎年生まれていまして、数もかなりあるわけです。
あっしの暮らす久里浜みたいなド田舎でも、駅前だけで9件もありますからね。
このうち5件は、結構いいの食わせるんですよ。
毎日ラーメン喰うようなラーメン好きがどのくらいいるかわからんですが、毎日喰ったとしたって、毎日店変えたら一週間に一回来るかどうか、その中で選んでもらうというのは並大抵のことじゃないでしょうね、ラーメン喰う人口は多いと思いますが、それでも厳しいのは確か。
資金が底をつくのか、精神的にも体力的にも限界がくるのか、何か他に理由があるのか、とにかく
「旨いのに閉めちゃう店」
って、やっぱり相当数あるわけです。
閉店の張り紙を見て思うわけですよ
「ああ、こないだ通ったとき、やっぱり喰っておけばよかった」
「また喰いたい…もう喰えないのか…」
おいらの思い出だけでもこんな店がありました。
ときわ軒(逗子)
わりと王道の中華そばだったんだけど、スープの甘みが絶妙で、すごく安心するラーメンでした。逗子の駅前ロータリーから目立つとこにあったんだけど、やっぱりやっていけなかったのかなぁ…
だらんま(神田)
東京都心で富山ブラックが食える、しかもサービスエリアとかにあるような「一般受けするような軟弱な奴」ではなく、わりと本物の富山ブラックが食えるという夢のようなお店だったんですが、なんたって「富山ブラック」知らない人には「なんだこの強烈な食い物は!」って反応だったのかも…。支店もあったはずなんですが今はもうないようです。
三水(秋葉原)
茨城県の筑波発祥の「筑波とんこつ」のお店。アブラが強く、味的にも刺激のある味なのに妙にすっきり感が伴う不思議な味わい。寒い日は「オロチョン」と言われる辛味を足したラーメンが定番でした、結構お客さん入ってたと思うんだけど、やっぱり立地的に厳しかったのかなぁ。
私は秋葉原で働いていたので、この店が出来る前にあった居酒屋にさえ出入りしてましたが、店が奥まっていて分かりにくい場所にあったのも一見さんが来てくれない敗因だったのかも…。
実は筑波まで行けば本店は営業してるみたいなんですが、筑波に行く機会なんてもう多分ないと思うので…もう喰えない味になってしまいました、また喰いたいなぁ…。
神鷹山(錦糸町)
あっしは育ちもあって、個人的至高のラーメンジャンルはいわゆる「家系」って奴なのです。ただまぁ、都内にも家系を謳う店は結構ありますが、どれもこれもなんか違う…そんな中に出会ったお店でして。
横浜家系というものではあるけれど、店独自の研究ってのが分かる感じで、豚骨乳化の度合いが絶妙。
ああ、これはうまい、通うレベルだ、と思ってたんですが、錦糸町って営業ルートだと微妙にはずれちゃう位置だったもんで、回数行かないうちになくなってしまいました。
人気はあったと思うんだけどなぁ…。
はぐれ星(浜松町)
都内あの界隈でつけめん喰うなら、東銀座の某店かここ、って感じで。
東銀座の某店は、えっらい態度の横柄なおばちゃん店員約一名に当たると非常に不快な思いしながら喰わなきゃならないという運だめし付きで(笑)、選択できればこの店は通ったんだよなぁ、わけあって浜松町に行かなくなったら消えてしまったそうで…結構人気あったと思うんだけど…。
壱久里家(久里浜)
2010年頃、彗星のように現れて消えていった家系ラーメンの名店。
店主?が「まだまだダメだ」であることを全身で受け止めてる人で、行くたび味が進化してるようなお店でありました、特に家系としてはちょっとハズれる「塩豚骨」のこだわりはなかなかで、荒削りながら唯一無二の味を出していたんだけど…1年たたないうちに消えてしまいました。
これから先が猛烈に楽しみな店だっただけに残念なんだけど、チャーシューの切り方に失敗しただの瑣末なことですぐ大盛りサービスしてくれちゃったり、ここまでやんなくてもいいのにってほど接客が慇懃丁寧で疲れないのかなこの人と思う時もあったり…。
客の方向を向きすぎて、燃え尽きたパターンなのかなぁ…。
これらのラーメンは(一部例外はあるけど現実的に)もう二度と出会うことがないであろうラーメンたち。
食べる機会はもっとあったはずなのに、と、今更後悔しても遅いわけで。
ラーメンならいつでも食えるところにある、これは今の日本、嬉しいことだけど、「あのラーメン」は、今日、喰っておかないと、もう明日は食えないかもしれない。
ラーメンは一期一会、人生であのラーメンを前にすることができるのは今日が最後かもしれない。
少ない機会をいかに「旨いラーメン」に当たるように開拓していくか、あんまり守りに入っちゃいけないですわね。
…ラーメンくいたいなぁ
0 件のコメント:
コメントを投稿